王府時代、中北部へ通じる重要な道であった「安谷川坂(アダニガービラ)」。この坂を下ると右手に安谷川御嶽があり、さらにその先を下った橋の左手前に安谷川という井泉があります。安谷川の名前はこの井泉から起こったと考えられています。カー(井戸)は掘り込み形で深さは1mほどあり、周囲の石積みはあいかた積みになっています。【出所】 首里あるき(一般財団法人 沖縄美ら島財団) ※一部抜粋